MENU

よもやま話

Short Story

SHORT STORY

よもやま話

  •  2017.07.15

予防薬と治療薬(その3)

 今回は、予防薬であるために必要ないくつかの条件をお話しましょう。

 

予防薬の広がりと限界

 病気は罹らないほうがよいのですから、治療よりも予防が大切であると言われることがあります。これは、一部の感染症には言えても、全ての病気に予防で対応することは難しいと言えます。

 たとえば、がん、糖尿病、認知症の予防などは、どのように考えたらよいのでしょうか? まず、予防投与するお薬と言う以上は、どのような方が飲むのか、どのくらいの期間飲むのか、決めなければなりません。

 前述の片頭痛予防薬の例で言うと、一定以上の頻度で頭痛発作を起こす片頭痛の患者さまが対象になり、効果判定に少なくとも2ヶ月以上を要し、有害事象がなければ3~6ヶ月は予防療法を継続し、良くなれば徐々にお薬を減らし、中止することもできるとガイドラインに記載されています。これは、予防薬を使用する対象者と、投与期間が示されていることを意味します。

 ワーファリンも対象の患者さまが明確であり、血栓塞栓症の原因疾患(たとえば心房細動)を持つ患者さまが、原因となる病気が良くなるまで飲み続けることになります。最近では、カテーテルを用いた高周波焼灼術によって心房細動の原因箇所の電気的連絡を断って心房細動を完治させることができます。不整脈が完全に起こらなくなれば、ワーファリンの予防投与は不要になります。これも、予防薬を使用する対象者と、投与期間が示されていることを意味します。

 抗インフルエンウイルス剤でも、同居者の罹患はある期間で治るでしょうから、予防投与を止めてもいい時期は分かります(添付文書では7日から10日間とされています)。

 しかし、がん、糖尿病、認知症の予防では、どのような人が、どのくらいの期間、飲み続けるのか規定できるでしょうか?

 糖尿病では、まだ罹っていないが、罹る可能性が高まった人、つまり糖尿病予備軍を対象とすればいいのかもしれません。しかし、糖尿病予備軍の方々は適正な運動と食事が推奨され、予備薬という以上に、運動、食事への配慮が予防そのものなのです。

 また、がん、認知症などの病気は誰もが罹る病気ではありませんし、罹るにしても一定の年齢で罹るものでもありません。予防薬を飲む人を決めるには罹りそうな人を特定し、さらに何年間飲むのか特定する必要がありますが、そのような知見はまだ得られていません。がんや痴呆症といっても多くの原因があり、がん予備軍や認知症予備軍というような方々がいらっしゃるのか、よくわかっていないということなのです。

 それなら、どのような人にどのように使えばいいのか特定などせず、たとえば、その予防薬をある年齢になったら国民全員が飲めば(使えば)いいではないか、死ぬまで飲むか(使うか)、あるいは、その病気に罹って予防に失敗したことが分かるまで飲み(使い)続ければいいではないか、という考え方がありますが、多くの場合、まだ無理があります。

 同時に、お薬は副作用があるため、いいことばかりではありませんから、ただ漫然と飲み(使い)続けて予防を図ることが理に叶っていないと考えるべき病気もあります。当然、お金に関わる話になりますので、そのような理に叶わない飲み方を保険で給付すべきではないという考え方も出てきます。

 

 

 感染症は少し事情が違います。一部の感染症では、対象を絞ることなく、ある年齢の国民全員が接種することになっています。

乳幼児全員が受けるべき感染症ワクチン以外に、肺炎球菌ワクチンは65歳以上の高齢者を対象に、5年ごとに定期接種が行われています。定期接種とは、「予防接種法」という法律に基づき自治体(市町村及び特別区)が実施する予防接種です。
このワクチンが強く勧められる背景には、肺炎は日本人の死因第3位であり、しかも、亡くなる方の約95%が65歳以上の方であることが説明されています(厚生労働省の人口動態統計〈確定数〉2013年)。

 このような知見に基づき、65歳以上の国民は5年に1回、自治体によって接種することになっています。行き届いた手厚いケアだと感心いたしますが、肺炎に罹って多額の医療費が保険でまかなわれるより、予防接種のほうが健康保険にとって負担が少ないという医療経済学的な視点があります。本人にとっても自治体にとっても保険にとっても、お年寄りが肺炎に罹らない方が良いに決まっています。

 また別な例では、子宮頸がん(時に、膣がん、外陰部がんも)を引き起こすことが知られるヒトパピローマ(乳頭腫)ウイルスの感染を防ぐワクチンが世界的に使われています。対象は主に女性ですが、尖圭コンジローマや肛門がんなども予防することができるため、男性への投与が認可されている国もあります。

 これは、ある型のヒトパピローマウイルスの感染が子宮頚部がんに移行するという病態に着目し、子宮頸がんを予防するため、その前段階のウイルス感染を防ぐという考え方です。

 ヒトパピローマウイルスの感染症は一種の性病ですから、ワクチン接種(3回)の標準的な開始年齢は中学1年生の女子とされ、小学6年生から高校1年生の間に3回の接種を済ませることが推奨されています。定期接種の期間内では、接種料金は公費負担(無料)です。

 不幸なことに日本では、「複合性局所疼痛症候群 (CRPS)」や「慢性疲労症候群 (CFS)」などという障害が、ワクチン接種後に副反応として起きるとされ、定期接種の中止までは行わないものの、積極的な接種勧奨を差し控えるよう自治体向けに勧告されました。

 こうした日本発の特殊な有害事象の報告を受けて実施された大規模臨床試験、およびそれ以前から実施されていた大規模臨床試験によって、これらの有害事象の因果関係は否定されました。そのため、WHO/世界保健機関は、日本が根拠もないのに予防接種を制限し、若い女性を子宮頚がんのリスクに曝していると名指しで非難しました。

 さらに日本国内の学会や専門家も因果関係を否定しているのだから、早急に接種の再開に向けて作業を開始すべきだとしています。現在、日本では訴訟中で、2017年2月には、東京訴訟、大阪訴訟の口頭弁論が開かれたとの報道は記憶に新しいところです。

 また、2017年4月10日、厚生労働省の厚生科学審議会と薬事・食品衛生審議会の合同部会が開催されました[1] 。この会議で、接種歴のない人でも疼痛や神経障害などの多様な症状を示す人が一定数存在したとの分析結果が報告され、昨年12月に公表した調査結果と変わらなかったと結論付けられました。

 いくつかの例をあげてみましたが、ある年齢の国民全員、あるいは女性全員を対象とした予防措置を感染症ではない他の病気にまで、広げることは、いろいろの面で難しさがあると思われます。感染症は特に予防の進んだ領域なので、他の病気の予防が感染症予防のレベルに追いつくことがなかなかできません。

 


[1] 第26回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、平成29年度第1回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会(合同開催)資料 
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000161332.html

Translate »