- 2019.04.19
治験にまつわる実際の話(2)二重盲検試験用の治験薬が作りにくい場合(その2)
前回は、二重盲検試験用の治験薬が作りにくい一例をお話しました。今回は、さらに、もう一つの例を考えて見ます。
ケース2(投与量)
二重盲検用の治験薬をつくれない特殊なお薬もあるので、実際の例をお示しいたします。
実際に販売されている慢性腎不全の治療薬として、吸着炭が知られています。このお薬は「内服により慢性腎不全における尿毒症毒素を消化管内で吸着し、便とともに排泄されることにより、尿毒症症状の改善や透析導入を遅らせる効果をもたらす」と考えられています。
このお薬の投与量は、1回2 g、1日3回とされています。1号カプセルという大きなカプセル剤に200mg 充填され、1回に10カプセル、1日3回飲むことになっています。あまりに大量の服薬は相当の苦痛を伴い、正しくお飲みになる患者さんが半数程度しかいなかったので、次に散剤が開発されました。
いずれにしても、大きなカプセルを一回に10個も飲み、それを1日3回繰り返す、という状況をご想像ください。散剤では、炭の粉をたくさん飲むのですから、オブラートを利用したり、水にまぜてストローで飲んだり、服薬補助ゼリーを利用して飲むような工夫はされましたが、いずれにしても改良した、もっと飲みやすいお薬が望まれていました。
そこで、別の会社が、効率的に尿毒症毒素を吸着できる改良型吸着炭を開発しようと考えたと仮定します。たとえば、吸着効率が10倍であれば、用量は10分の1ですむのですから、これは患者様には福音だと思います。そのとき、従来の吸着炭を対照薬として二重盲検比較試験をフェーズ3で実施するのが、開発でなされる考え方です。この場合、これまでの考え方が成り立つでしょうか?
前回のお話のように、次のような治験薬を用意したとします。
【現実的に不可能な二重盲検用治験薬】
※図の上で区別するため、カプセルの色は赤がプラセボ、青が実薬、橙が対象薬を |
対照薬は従来から大きなカプセルを10個も飲まなくてはならず、改良してほしいと要望されてきたお薬です。十分の一の量に減らした改良品(被験薬)なのに、二重盲検のためとはいえ、外観を同一にするため、プラセボを含め、やはり10個を飲まなければならないのです。これでは、服薬量を減らした改良品の良さが発揮できません。
これは単に、飲むのがずっと楽になるというだけの話ではありません。これまで10個も飲めず十分な有効性が発揮できない患者様でも、1個飲めばすむ改良品では、有効性が高まるかもしれません。あるいは、10個も飲んでいたために今までは出ていた消化器系の有害事象が、改良品では出ないことだって考えられるのです。
つまり、飲みやすくするということは、有効性と安全性を高める可能性があり、これこそが改良品の示したいことであるにもかかわらず、二重盲検ではこの良さを打ち消してしまいます。これでは、二重盲検にして評価する意味はないと考えられます。ですから、二重盲検用の治験薬を製造することは理論的に可能であっても、試験本来の目的を満たすことができない場合があるということなります。
この場合は、むしろ二重盲検にせず試験することが適切だと言えます。ただし、無作為化を行って対照薬と比較することが重要です。無作為化とは、この患者様は重症だから、対照薬を飲んでもらおうとか、この患者様は高齢だから飲みやすい被験薬を飲んでもらおうとか、患者様の状態を知って治験担当医が適宜、被験薬と対照薬の処方を仕分けることがないよう、あらかじめ決められた薬をランダムに割り振っておくことです。
このような事情がある場合、無作為化した比較試験は二重盲検にするよりむしろ好ましい方法だと考えられます。そこで、次のような治験薬になります。
【二重盲検にしない無作為化比較試験】
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ただ、患者様にしてみれば、服薬量が少なくてすむ被験薬を飲みたくて、治験に参加したのに、無作為化の結果、対照薬の従来薬にあたってがっかりされることはあると思います。このような場合、従来薬(一回10カプセル)を飲む比較試験が終われば、今度は、別の長期安全性試験に参加していただき、被験薬(一回1カプセル)を飲んでいただくことが出来ます、というような工夫が必要です。こうした工夫は、患者様の治験参加の善意を無にせず、ご期待がかなえられるわけですから、製薬企業の心すべき観点だと思います。
さて、今回の二重盲検にしにくい特殊な場合についてご説明いたしましたが、お分かりになっていただけましたでしょうか。後段でご説明したのは、わかりやすい仮想的な例としてあげたもので、実際にあるお薬の話をしたわけではありません。